オリジナルのバリアブルフォントが加速させた、ベーリンガーのグローバルリブランディング

期待をはるかに超える、非常に協働的で実りあるプロジェクトでした。

Dr. Julien Dolenc, Lead Corporate Brand Management & Governance, Boehringer Ingelheim 
 

BOEHRINGER INGELHEIM(ベーリンガーインゲルハイム)は、100年以上にわたり人と動物の健康に貢献してきたドイツ発の製薬会社です。昨年、同社はインターブランド主導のもと、Monotypeをタイプパートナーに迎え、ブランド全体を刷新する大規模なグローバルリブランディングを実施しました。その変革の中核を担ったのが、オリジナルのバリアブルフォントでした。

健康と同じように、フォントも問題が生じて初めてその存在の重要性に気づかれることが少なくありません。製薬企業は、屋外広告に使われる大きな文字から、薬剤の添付文書に記載される極小文字に至るまで、幅広い文字サイズにおいてブランドのルック&フィールを一貫して保つという、特有の課題を抱えています。
ベーリンガーにとって、これはリブランディングにおいて最優先で解決すべきフォント課題でした。だからこそ、研究開発を基盤とする同社は、信頼できるフォントソリューションを求め、書体の専門家であるMonotypeに相談したのです。

こうして誕生したのが、ベーリンガーの最新フォントファミリー 「Boehringer Forward」 です。
ベーリンガーのために設計されたオリジナルのバリアブルフォントであり、幅広い文字サイズや多様な言語セットにおいて、「揺るぎない楽観主義」というブランドテーマを体現しています。その名称は、同社初のグローバルスローガンである 「Life Forward」 にも呼応しています。

これは当社の歴史において、成長と存在感を新たな次元へと進める重要な節目です。市場環境の変化や地政学的な課題、そして高まり続ける社会的期待に向き合いながら、新たな時代へと踏み出すことが求められています。

Dr. Julien Dolenc, Lead Corporate Brand Management & Governance, Boehringer Ingelheim 

バリアブルフォントがもたらす圧倒的な柔軟性

バリアブルフォントは、多くの人が想像している以上に、さまざまな課題を解決するフォント技術です。2016年に登場した比較的新しい仕組みですが、ここ数年で急速に普及が進んでいます。
バリアブルフォントとは、1つのフォントファイルの中に複数のスタイル情報を内包し、文字サイズやウェイト、スラントを柔軟に調整できる形式のことを指します。その結果、扱いやすく、組版もしやすいフォントファミリーが実現し、極小サイズのテキストにおいても高い可読性を保つことが可能になります。

インターブランドのEva Olkは、バリアブルフォントを使った体験を「まるで新しいおもちゃで遊んでいるようだった」と表現します。プロセスそのものが「解放的」だったといい、従来のように決められたサイズやウェイト、スラントに縛られることなく、フォントユーザーにこれまでにない柔軟性とコントロール、そして自由をもたらしました。

一方で、その価値は楽しさだけにとどまりません。
「楽しいだけでなく、明確な目的があります。ブランドをより良くするための取り組みであり、ブランドがうまく機能すればするほど、イノベーションや人々の生活をより良くするためのリソースが生まれるのです」とEvaは語ります。

ブランド刷新において、フォントの変更は避けて通れません。組織規模が大きくなるほど移行は複雑になりますが、その分、ブランドの信頼性を高める大きな機会にもなります。
特にグローバルに展開する製薬企業にとって、フォント刷新に伴うリスクは非常に大きなものです。医薬品の提供そのものが本質的にリスクを伴う中で、薬剤ラベルや添付文書に記載された重要な情報の可読性は、決して軽視できません。命に関わる場面において、文字の読みやすさは極めて重要な要素なのです。

Boehringer Forward は、組版上の課題や必要とされる言語サポートを解決しながら、ブランドのトーン・オブ・ボイスを的確に反映する、現代的で汎用性の高いデザインを備えています。機能性とブランド価値の双方を兼ね備えたフォントファミリーです。

Emilios Theofanous, Creative Type Director, Monotype

オリジナル書体には、「機能する個性」が必要だ

今回のリブランディング以前、ベーリンガーでは独自の書体が使用されていました。しかし、そのフォントファミリーはデザイン面で時代遅れとなり、印刷・デジタルの両チャネルにおいて均一なパフォーマンスを発揮できなくなっていました。その結果、グローバル組織全体での使用にもばらつきが生じていました。

インターブランドのEva Olkは次のように語ります。
「新しい書体は、アイデンティティシステムの枠内にとどまりながらも、新たな自由を探求するための扉を開いてくれました」

当初は、マイクロテキストにおける可読性向上を目的としたフォント刷新でしたが、その取り組みはやがて、幅広い言語と光学サイズにおいて安定したパフォーマンスを発揮するオリジナルのバリアブルフォントファミリーを開発するという、ユニークなブランディング機会へと発展していきました。ここでは、その課題にMonotypeの専門家たちがどのように応えたのか、その一部を紹介します。


新たに開発されたオリジナル書体は、今回のリブランディングにおける中核要素のひとつです。ベーリンガー初のグローバルスローガン 「Life Forward」 をはじめ、あらゆるタッチポイントでの使用を想定して設計されました。そのルック&フィールは、ブランド戦略の核である 「揺るぎない楽観主義(Unwavering Optimism)」 を体現しています。

「揺るぎない楽観主義」という言葉は、医療の世界を突き動かす人間的価値である“希望”と“忍耐”を象徴するものです。では、こうした抽象的な価値観を、どのように書体として可視化したのでしょうか。

その答えが、オンライン・印刷の両プラットフォームに対応した、36の多言語フォントスタイルと、Display/Text/Microという3つの光学サイズです。これにより、あらゆる使用環境において、一貫したブランド表現と高い可読性が実現されました。

開発プロセスはとても協働的で、最初から丁寧に設計されていましたが、同時に専門家たちとその提案を信頼し、安心して任せることができました。振り返ってみると、思わず笑ってしまうような瞬間も多く、とくに「どうすればカンマをもっと人間らしくできるのか」といった話題で盛り上がったことが、強く印象に残っています。

Dr. Julien Dolenc, Lead Corporate Brand Management & Governance, Boehringer Ingelheim 
 

タイポグラフィの細かな部分にも、意味と意図が込められています。文字のカットの仕方や、にじみを抑えるための工夫、そしてさりげないディテールが、書体に個性や探究心、革新性を与えています。たとえば、大文字のA・W・Bや、小文字のy・lには、前向きで明るい印象を感じさせる形が取り入れられています。

AやW、yといった文字には、特徴的なカットや形を取り入れています。一方で、TextやMicroのような小さなサイズでは、小文字のlの形や文字の中の余白を工夫することで、しっかりとした読みやすさを確保しています

Emilios Theofanous, Creative Type Director, Monotype.

新たに開発されたフォントファミリー 「Boehringer Forward」 は、グローバルなバイオ医薬品企業にふさわしいブランディングガイドラインとともに提供されました。細部に目を向ければ、一つひとつのディテールが物語を語りかけてきます。一方で全体を俯瞰すると、フォントはカラーパレットやイメージ、レイアウトといった他の主要なビジュアル要素と調和し、統一感のあるブランド表現を支えています。

色使いやビジュアルのコントラストが一貫して機能していて、それが全体の表現をしっかり支えていると感じています。

Eva Olk, Associate Creative Director, Interbrand

明るいグリーンで前向きなムードを出しつつ、ダークグリーンとの対比で科学と自然の関係性を表しています。動物のマクロ写真も、バイオ医薬品の世界にある意外な美しさを伝えてくれるんですよね。レイアウトに関しては……正直、それだけで一段落使いたいくらいです。

世界中で「同じ声」を届けるために

世界中で事業を展開する企業にとって、ブランドをどう統一するかは大きなテーマです。言語が変わっても、国が変わっても、「その会社らしさ」がきちんと伝わること。そのために、フォントはとても重要な役割を担っています。

Boehringerもまさにその課題に向き合っていました。本社はドイツにありますが、活動の場は世界中。まず取り組んだのは、ブランドの基盤となるラテン文字のデザインを丁寧に整えることでした。InterbrandやBoehringerと何度も対話を重ねながら、「この会社らしい表情」を文字に落とし込んでいきました。

そこから物語はさらに広がっていきます。アラビア語、ギリシャ語、タイ語など、世界各地で使われる文字にも同じ想いを込める必要がありました。そのため、それぞれの言語を深く理解している専門のデザイナーたちがプロジェクトに参加。現地の文化や読みやすさを大切にしながら、一文字一文字を調整していきました。

こうした協力の積み重ねによって生まれたのが、どの言語でも違和感なく使え、しかもBoehringerらしさを失わないフォントファミリーです。国や言葉の違いを超えて、ブランドが一つにつながる感覚が生まれました。

そして、この変化は社外だけのものではありませんでした。世界中に53,000人の社員がいるBoehringerでは、「誰でも簡単に使える」ことがとても重要です。新しいフォントは導入しやすく、日々の業務の中で自然に使える存在になりました。

「良いブランドは、外に向けてだけでなく、内側でも生きていなければいけない」
そう語るEvaの言葉どおり、今回のフォント刷新は、ブランドをより身近で、前向きなものへと変えていくストーリーでもあったのです。
 

一言で言うと、誰でも迷わず使えるフォントに仕上がった、ということですね。

Eva Olk, Associate Creative Director, Interbrand

フォントが生む、前向きな連鎖

このフォントには、見た目の美しさだけでなく、「誰にとっても読みやすいこと」が最初から大切に組み込まれていました。たとえば、小文字の l(エル)。大文字の I(アイ) と見間違えないよう、ほんの小さなカーブが加えられています。この形にたどり着くまでには、3通りのテストを重ね、読みやすさとデザイン性の両立を追求しました。

「健康状態や年齢によって、見え方は人それぞれです。だからこそ、最初から可読性を意識してデザインすることがとても重要なんです」と、タイプディレクションを担当したEmiliosは語ります。

ブランドらしさと機能性がきちんと噛み合ったフォントは、自然と“信頼”を生み出します。特に医療やヘルスケアに関わる企業にとって、情報が正確に、そして安心して読めることは欠かせません。読みやすさと一貫したブランド表現が信頼につながり、その信頼がさらに多くの人に選ばれる理由になっていくのです。

そうして生まれた信頼は、より良い製品や研究、そしてより多くの人の健康を支える力へと広がっていきます。フォントという小さな存在が、確かなポジティブな波紋を生み出していく——それが、このプロジェクトの本質でした。

さまざまな人たちの関心や期待に触れる中で、私たちが社会の中でどんな役割を担い、どんな姿勢で事業やブランドに向き合っているのかを、実際の行動や成果を通して伝えることが、今や欠かせなくなっています。

Dr. Julien Dolenc, Lead Corporate Brand Management & Governance, Boehringer Ingelheim 

ここまで見てきたように、BoehringerとMonotypeのパートナーシップは、製薬業界が抱える複雑な文字組みの課題を、カスタム・バリアブルフォントによって解決できることを示しています。Monotypeの専門性を活かすことで、Boehringerはブランド表現の一貫性と情報の伝わりやすさを高めただけでなく、業務の効率化や規制への対応力も向上させました。

このケーススタディは、タイポグラフィが現代のブランディングやコミュニケーション戦略において、いかに大きな変革をもたらす存在であるかをあらためて示しています。