欧文組版の醍醐味とハウス・スタイルについて

トピック

麥倉聖子(むぎくら・しょうこ)氏のプレゼンテーション。麥倉氏は武蔵野美術大学卒業後、イギリスのレディング大学で欧文タイポグラフィを学び、ロンドンのデザイン事務所に勤務。現在はドイツのミュンヘンでティム・アーレンス氏とタイプファンダリー「Just Another Foundry」(以下、JAF)を運営し、書体開発や欧文組版の仕事をされています。

マクロ・タイポグラフィとマイクロ・タイポグラフィ

2020年のType&では「コーポレートフォントの運用、欧文組版のミスの種類を分析・解説」というタイトルで、コーポレートフォントを運用する際の問題点や、よくあるミスについて、その原因や対応方法について解説されました。

2021年のType&では、最初に「マクロ・タイポグラフィ」と「マイクロ・タイポグラフィ」についての説明がありました。マクロ・タイポグラフィとは、レイアウトやグリッド、組版形式など、一般の人が見てもわかる組版の大きな枠組みのことです。一方、マイクロ・タイポグラフィとは、行間や文字間のスペーシング調整、ハイフンの設定や文末調整、組版ルールや表記法の統一など、地味で時間のかかる組版の細かな調整を指します。

マクロ・タイポグラフィは、ある程度、見た目や感覚で判断して実践できるのに対して、マイクロ・タイポグラフィは、使われる文字や言語、組版ルールの知識を必要とするので、手間がかかると思われがちです。しかし、マイクロ・タイポグラフィにこそ欧文組版の醍醐味があります。白黒だけで情報を正確にわかりやすく、統一性を持たせエレガントに提示する方法を、活版印刷の発明以来、何百年もかけて考えてきた先人たちの知恵が詰まっていると麥倉氏は言います。

ハウス・スタイル/ハウス・ルールとは?

今回のType&では、マイクロ・タイポグラフィの中でも組版ルールや表記法に焦点を当て、表記と組版の決まりごとをまとめた「ハウス・スタイル/ハウス・ルール」が紹介されました。「ハウス」というのは「うちの、我が家の」という意味で、組織で出版物や広報物を作る時、特別な理由がない限りそのルールに従って作るという決まりごとを「ハウス・スタイル(=我が家の様式)」「ハウス・ルール(=我が家のルール)」と言います。

ハウス・スタイルは、DTP以前の英語圏では一般的で、いろいろな印刷会社、出版社、大学出版局、美術館などがハウス・スタイルをまとめた冊子を作っていました。これらの冊子には英語を組む際に必ず考えなくてはならない点が単純明快に書かれており、クライアント、デザイナー、組版者がそれらを共有することで、ミスを防ぐことができるのです。今回のType&では、ハウス・スタイルの冊子を見せながら、いろいろな組版ルールの説明が行われました。

ハウス・スタイルの冊子紹介

House style
イギリスの出版社、ジョナサンケイプのハウス・スタイル。9章28ページの超コンパクトな冊子だが、中の組版もよい。章タイトルが赤で大きく組まれ、探している情報も探しやすい。

Authors’ guide: an introduction to the Tate Gallery style manual
ロンドンのテートギャラリーのスタイル・ガイド。文章を書く人、準備する人向けだが、組版をする人にとっても興味深い内容。

Style of the house
London College of Printing(現在はLondon College of Communication)という有名な美術大学のハウス・スタイル本。32ページ。生徒用なので、かなり単純明快に書かれている。

House style
出版元:North-East Essex Technical College and School of Art
イーストエセックス美術大学のハウス・スタイル本。美術大学や附属の印刷部門が積極的にハウス・スタイルを出版していて、印刷業界と応用美術が本当に密着していることが感じられる。

Style of the house
出版元:James Upton Ltd, and its Associated Company, Surrey Fine Art Press Ltd
印刷会社のハウス・スタイル本。チラシやステーショナリーを扱う会社のようで、住所の組版など具体的な例が紹介されている。書籍では編集者や校正者のチェックが入るが、チラシなどの簡単な制作プロセスで世の中に出るものほど、原稿を用意する最初の段階でミスを避けられると効率的。

Printing style for authors, compositors and readers
出版元:George Allen & Unwin Ltd
経験豊かな校正者が読者に語りかけるように書かれた100ページほどの本で、Plantinという書体で組まれている。文字を組んだ時のテクスチャーと読みやすさが最高。

いろいろな冊子を見たあと、具体的なポイントに絞って解説されました。

スペリング

どのハウス・スタイルにも必ず登場するのが、スペリングの一貫性についてです。例えば、SEで終わるのか、ZEで終わるのか、複数のスペリングの様式が存在する場合、どちらに統一するのかが必ず書かれています。

句読点

また、句読点についても必ず書かれています。この中でも厄介なのは句点ではなくて読点、コンマです。「コンマは必要最低限だけ使いましょう」「使い方に統一性を持たせましょう」とどのハウス・スタイルにも書かれています。

例えば、「ドイツか、イギリスか、フランスに行く」など、いくつかの物を並列させる英文で、andやorの前にコンマを入れるかどうか、ハウス・スタイルに必ず書かれています。このような3つ以上のことがらの並列の前に入れるコンマは「オクスフォード・コンマ」と呼ばれ、イギリスでの表記法の権威であるオクスフォード大学出版局が「andやorの前にコンマを入れるのが正しい」と決めているため、そのように呼ばれています。しかし、実際にはこのオクスフォード・コンマを入れないハウス・スタイルの方が多いそうです。

これらの例は、現地の人は学校で習うので、知識として知っていることが多いそうですが、ネイティブではない外国人が欧文組版をする場合は意識しないと抜けてしまう注意ポイントであると麥倉氏は言います。

イタリック

ハウス・スタイルにはタイポグラファの責任領域である組版ルールも記載されています。例えば、どこでイタリックを使うのかなどです。「Did you read The Economist?(『エコノミスト』誌を読みましたか?」という英文では、雑誌名の『The Economist』の部分がイタリックになります。

一方、「Did you read the article “How Britain plans to co-exist with covid-19” in The Economist?(『エコノミスト』誌に掲載されていた「イギリスはコロナとどう共存するのか?」という記事を読みましたか?」)という英文では、雑誌名のみイタリックで、記事のタイトルは引用符で囲みます。

引用符

引用符は英語で、「Quotation(クォーテーション)」とか「Quotation Mark(クォーテーション・マーク)」と呼びます。アメリカとイギリスで引用符の使い方が異なり、図の1はアメリカ、2はイギリスの出版業界のスタイルになります。アメリカ英語とイギリス英語では発音が違いますが、表記上のルールも相違点があります。

大文字の使い方

英語では大文字のことを「Capital(キャピタル)」と呼び、どこで大文字を使うかは英語組版の難しい点です。

ドイツ語のタイトルでは、名詞の最初の一文字だけ大文字で、形容詞や動詞は小文字という組み方と、全部大文字という二択しかなく、文章中では図の1以外の選択肢はありません。

ところが、同じ本のタイトルを英語で組む場合、基本的には4種類の組み方があります。

  1. ローワーケース。すべて小文字
  2. センテンスケース。文の最初だけ大文字
  3. タイトルケース。単語の最初だけ大文字
  4. アッパーケース。全部大文字

1の全部小文字と4の全部大文字は、ビジュアル効果を狙った特別な時にしか使いませんが、難しいのが選択肢2と3です。例えば、ある文章中に本や映画のタイトルが出てきた時に、2のセンテンスケースなのか、3のタイトルケースなのかを統一する必要があります。そして、3を選んだ場合は、代名詞、前置詞、副詞をどうするのか悩むと麥倉氏は言います。

一つの仕事の中で統一しようとしても、タイトルによっては変に見えたり、一貫性がなく見えたりするので、英語組版の大文字の使い方は非常に難しいそうです。デザインがよくても、大文字小文字の使い方に一貫性がなければ、だらしない印象を与えてしまう可能性があるとのことでした。

今回の講演では、イギリスの活字時代に存在したハウス・スタイル本を紹介しながら、欧文組版の踏み込んだ話を解説していただきました。麥倉氏は、現地で欧文組版について学び、実践していくうちに、欧文組版は見た目がエレガントなだけではなく、非常に機能的であると感じたそうです。活版印刷時代のよくできた本を見ていると、完全に白黒で、書体サイズも多くても2種類しか使わずに、大文字、イタリック、スモールキャップ、最小限の約物とスペーシングを駆使して、文章の構造を視覚的に伝わりやすくしています。それらを見ると、「これこそ欧文組版の醍醐味」と感動してしまうそうです。

よい欧文組版の本を見つけるコツ

組版の良し悪しを判断するならば、表紙や本文ページではなく、参考文献や解説ページをチェックするとよいと麥倉氏は言います。本の後ろのページは、本文ページよりテキストの構成が複雑で、組版の技術がより必要になるからだそうです。作業にも時間がかかるため、組版に愛がある人以外は適当に組むこともあるそうです。しかし、こういうページがきちんと組版されていたら、その本の組版のクオリティは保証付きです。麥倉氏は、目次ページ、参考文献、索引ページを必ずチェックするとのことでした。