コーポレートブランディングと書体選定について

トピック

グラフィックデザイン・書体デザイン・出版関係と幅広く活動されている出雲利弥(いずも・としや)氏のプレゼンテーション。出雲氏は早稲田大学社会科学部卒業後、ドイツに留学。ベルリン芸術大学のビジュアルコミュニケーション学科を修了し、10年以上ベルリンのエーデンシュピーカーマンで、タイポグラフィ、コーポレートフォント、ピクトグラムのスペシャリストとして勤務。

エリック・シュピーカーマン氏について

エリック・シュピーカーマン氏は、出雲氏が卒業した大学の教授で、勤務先企業の創業者。世界的に有名なドイツ人タイポグラファ、デザイナーで、コーポレートブランディングの世界で書体デザインとタイポグラフィの重要性を長年説いてきた方です。書体デザイナー、本の著者、教育者、起業家としても成功を収め、講演やデザイン賞の審査で世界中を飛び回っていました。シュピーカーマン氏が作った書体で有名なのは、FF MetaやITC Officinaです。

エーデンシュピーカーマンについて

エーデンシュピーカーマンは、デザインコンサルタント企業として、デザイン戦略、ブランドコンセプトの立案、企業への導入などを手助けするデザイン会社。タイポグラフィをデザインの基礎として、企業の問題を解決できるような助言を行っています。ベルリンが本拠地で、ロサンゼルス、アムステルダム、シンガポールなどにも支店があります。

ドイツ鉄道の専用書体開発では、すべての印刷物やコーポレートブランディングに利用される書体が一から制作されました。見出し用書体と本文用書体、コンデンスト、コンプレスト、そのほかセリフ書体も含めた合計34種類のスーパーファミリーで、当時のコーポレートデザインすべての需要に対応しています。

また、ドイツの自動車部品・電動工具メーカー、ボッシュでは、10年以上にわたり、ロゴ、印刷物、パッケージング、ウェブサイト、社内外コミュニケーションに至るまで、あらゆる分野のコーポレートデザインをエーデンシュピーカーマンが担当しました。タイポグラフィと書体デザインをコーポレートデザインの中心に据えて、すべてのデザインを行っています。

Weltのリニューアル

Type&の講演では、コーポレートブランディングと書体選定の例として、新聞『Die Welt(ディー・ヴェルト、The Worldの意味)』のリデザインが紹介されました。ブランドの方向性、新しいロゴの提案、新聞、ウェブ、アプリ、テレビのレイアウトの提案までをエーデンシュピーカーマンが行い、その後、Welt社内でその他メディアにコンセプトを移植して運用するというものでした。

当時、ドイツの全国紙の新聞社「Welt」、ニュース番組局「N24」が合併することになり、新しいコーポレートデザインが必要になりました。それぞれのメディアがバラバラのデザインを採用していたため、これらをすべて統一し、同じコーポレートアイデンティティを持たせるのがプロジェクトの最終ゴールでした。

ドイツの全国紙では1位が『Süddeutsche Zeitung』(南ドイツ新聞)、2位が『Frankfurter Allgemeine Zeitung』、この2紙が圧倒的なシェアを持っていました。『Die Welt』は、売り上げでも販売地域でも2紙にだいぶ差をつけられて3位でした。Weltはすべてを刷新して、競合2社に追いつくよう、リニューアルすることになりました。

エーデンシュピーカーマンは最初にクライアント企業のトップたちとワークショップを行い、今後どうありたいのかを共有します。トップたちがバラバラの方向を向いていると、新しいブランドの方向性やデザインが決まりにくい。

次に、自社の強み弱み、競合他社の強み弱みを分析するために、この写真のようなボードを使って、業界内での自社の位置を冷静に分析します。そして、これらの分析から自社が未来にいくべき方向性を考えます。

この図では左がニュース、右が娯楽、下が事務的、上が感情的となっています。Die WeltとN24は最初左下のエリアにいました。今までは真面目なニュースメディアとして認識されていましたが、これからは真面目ではあるが、感情を表し、視聴者と同じ目線で会話するような方向に行きたいことを確認しました。

ワークショップで最終的に得られた結果は、「もっと読者と会話して感情を出さなければならない」「視聴者に愛されたり、嫌われたりすることをいとわない」「立ち位置を明確にし、もっと主張する」ということでした。そして、「新しいブランドWeltは、より感情を表に出し、立ち位置を明確にする。」という新しいスローガンを確認しました。

コーポレートフォントの選択肢

次に、ワークショップの結果がデザインに落とし込まれました。コーポレートフォント導入の方法として考えられるのが、まずリテールフォント、つまり既製品を買うということです。IKEAの家具のように、誰でもどこでも世界中で手に入るイメージです。すでに市場にある書体を買えば、一番安く誰でも同じ書体を所有できます。しかし、誰でも使用できるということは、ブランドのコモディティ化やオリジナリティの欠如、デザインの類似などの問題もあります。

2つ目はリテールフォントをカスタマイズする、これは例えば家のサイズに合わせて家具を調節するような感じです。すでにあるものに足りないものを補足したり、いらないものを取り除いたりできる利点がありますが、既存フォントをカスタマイズしようとすると、権利の問題があります。またリテールフォントを買うより、若干お金と時間がかかります。

3つ目は新しいフォントを作ること。フルオーダーメイドの家具のように、すべての詳細を設定して購入できる世界で唯一のものです。欲しいものがまだ存在しない、他社と差別化したい、自分の使用用途にぴったり合う書体が欲しい場合に合っています。新しく作るので、権利の問題がなく、ライセンス料や使用料も契約によってはかからず、いいこと尽くめのように思いますが、初期費用は一番高く、作る時間もかかります。

Weltの場合は、リテールフォントから書体が選ばれました。その理由は、予算と時間の都合、新聞業界の移り変わりの速さのため、そのデザインを何年使えるかわからないためとのことです。10年、20年たっても使えるオリジナルフォントを時間とお金をかけて作るより、見出しやロゴはリテールフォントから選び、本文では足りない言語や記号をカスタマイズして補うという構成で決定されました。

エーデンシュピーカーマンの場合、書体選定において、書体の背景、ジャンル、技術的な面など、よい書体をただ探し出して勧めるのではなく、常にそれが使用される状況を想定して適材適所に提案しています。書体の使われ方、レイアウト、一緒に使用される写真、グラフィック、またはメディアの違いや使用サイズの違い、文字が読まれる距離の違いなどによって、様々な可能性が考えられるそうです。

ロゴの提案

Weltのロゴリニューアルでは、以下の3案が提案されました。

1つ目は、Dederon Serif(デデロン・セリフ)。チェコ出身のトマス・ブロウシル氏が作ったオールドスタイル・ローマンの特徴を持った書体です。その特徴は、文字のストレスの傾き、手書きで書いた文字の特徴、低いコントラスト。大きなサイズでこのセリフ書体を使用すると、ダイナミックでクラシック、かつスマートで、なおかつ読みやすい。同じ特徴を持つサンセリフもあり、組み合わせてもマッチするように作られているので、見出しや他の場面にも使いやすい書体です。

2つ目は、FF Unit(エフエフ・ユニット)。エリック・シュピーカーマン氏とアメリカ人のChristian Schwartz(クリスチャン・シュワルツ)氏、のちにニュージーランドのKris Sowersby(クリス・サウスビー)氏が加わり、徐々に拡張されていったフォントです。サンセリフとスラブセリフ、角の丸いラウンデッド、それぞれ7種類のウェイトとイタリック、合計42書体があります。ヒューマニスト・サンセリフで、コンデンストという点はFF Metaと同じですが、手書きの特徴がなくなり、よりシンプルになります。明確でシンプルな現代的な書体です。

そして、3つ目がFF Mark(エフエフ・マルク)。Hannes von Döhren(ハネス・フォン・デーレン)氏とChristoph Koeberlin(クリストフ・ケベルリン)氏、FontFontチームによって作られたジオメトリック・サンセリフです。ジオメトリックとは、幾何学的形態のことで、FF Markは、そのジオメトリック・サンセリフを現代的に定義した書体です。11のウェイトとイタリック、ナロー、コンデンストまであります。この書体を伝統的なメディアである新聞に使用することは、とても大胆で、殻を打ち破るようなイメージです。

この3つの書体が提案され、最終的にFF Markに決定されました。「Weltは感情を表に出し、立ち位置を明確にする」という点に立ち返り、大胆でパワフル、実質的、誰にでもわかりやすい認識性のあるロゴ、現代的、革新的で他社と違うデザインなどがこのロゴから読み取れるというのが決定の理由でした。Weltの「e」だけ小文字ですが、とても感じよく、笑っている顔のようにも見えます。

紙面レイアウト

これは再デザイン前の紙面です。ロゴ、見出し、本文にセリフ書体とそのイタリック体を使用して、主張しない真面目さ、信頼感は伝わってくるかもしれません。しかし、この紙面から現代の読者はだんだん離れていきました。

こちらがリニューアルした新しい紙面です。本文用書体はFreight Text(フライト・テキスト)で、レイアウトも変更されました。見出しや本文には、セリフ書体、サンセリフ書体、大文字小文字、いろいろな組み合わせがあります。

まず新しいデザインで最も目を引くのは、ロゴの部分。すっきりして伝統的な紙の新聞ではないような印象です。ドイツでは、新聞の大半は駅や売店で販売されるので、同業他社と比べて一瞬で見分けがつくデザインが重要ということです。

また、見出しと本文は以前はすべてセリフ書体で組まれていましたが、新しいデザインでは、大きな見出しにセリフとイタリック体、中位の見出しにはセリフもサンセリフも使用されています。一見、統一感がなくなったように見えますが、レイアウトの階層性と書体の違いを利用して、読者のテンポを邪魔せずに、見出しから見出しに飛び回って目を引くような仕掛けが施されています。

『Welt am Sonntag』は日曜版なので、若干ページも増え、写真が大きくなり、雑誌のような紙面になりました。見出しはサンセリフで、その上にオレンジ色の全部大文字のアイキャッチとなる見出しがつけられています。

このように、メディアによってセリフとサンセリフの使い方が変更されています。紙の新聞ではセリフの使用が多めで、色の使用も控えめ。日曜版では少しサンセリフの使用が増え、ウェブサイトやアプリではサンセリフ書体の使用はさらに増えています。テレビでは、セリフ書体が取り除かれ、サンセリフのみでデザインされています。

今回は新聞の顔であるロゴや見出しの書体に注目して解説されました。本文用書体にはまた違った書体選定の基準があります。どういう書体が新聞で読みやすい本文用書体なのか、どのような書体がウェブサイトや新聞で読みやすい書体なのかについて考えてみても楽しい、と出雲氏は締めくくりました。

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Monotypeクリエイティブタイプディレクター小林章と出雲氏の対話

小林:私もコーポレートタイプを作る仕事をしているので、同じような視点で見ていました。一番面白いと思ったのは、クライアントとの話し合いの写真です。例えば、クライアントに書体について理解してもらうために、最初の打ち合わせで書体デザインの解説などをなさるのでしょうか?

出雲氏:最初のワークショップでは、タイポグラフィについての大きなところから説明させていただき、毎回プレゼンテーションを重ね、少しずつ文字やタイポグラフィの知識を伝えていきます。プレゼンテーションが進むにつれて、クライアントもタイポグラフィに興味を持ち、徐々に質問も詳しくなっていくという感じです。

小林:いろいろな書体をボードに貼りながら、「この書体はこういう印象ですよね」と、シュピーカーマン氏が説明している写真がスライドの中にありましたが、書体の形とイメージを皆さんと話し合い、共通認識を持つのでしょうか?

出雲氏:今まで文字について考えたことがない企業トップの方たちが多いので、最初のワークショプでは「なんでも言っていいですよ」という雰囲気を大切にします。企業の皆さんにはただ思ったことを言っていただき、「私たちと一緒になんでも話せますよ」という雰囲気作りをします。僕たちが一方的に文字のイメージを伝えるのではなく、皆さんで話し合うようなセッションをします。

小林:Weltのデザイン決定の最終段階では、結構毛色が違う3案を出されていましたが、その狙いや選ばれたデザインのポイントがあれば、詳しく教えてください。

出雲氏:似たような候補を提案すると決定しづらくなるので、クラシック、ニュートラル、革新的というように3つ全部に違いをつけて提案します。「3つ提案したけれども、やっぱりニュートラルと革新的の中間が欲しい」という場合もあるので、そういう時は再提案をします。

小林:リニューアルしたWeltは、革新的な方に思い切り振ったデザインで、私も結構びっくりしたのですが、そこには強い思いが込められているのでしょうか?

出雲氏:あの時はDie Weltがちょっと傾き出したので、ここで大革新をするか、何もしないでそのまま潰れる方向に行くかという議論がありました。結果的に、とても革新的な方に行きましたが、僕たちもその決定にちょっと驚きました。

小林:最終的に決まったWeltのロゴは、2番目のeが小文字で、丸い柔らかい感じを出していますが、それも狙いなのでしょうか?

出雲氏:以前のWeltは全部大文字のセリフ体だったので、権威的でクラシックで上から目線な印象がありました。新しいロゴは皆さんと同じような目線の高さで、柔らかい感じにしたいということで、丸いeをロゴの中に挟み込んだのです。

小林:プレゼンテーションの中で出雲さんが「eがちょっと笑っているような」という表現をされましたが、例えばeのデザインはHeineken(オランダのビール醸造会社、ブランド)のロゴのようなeもありますよね。

出雲氏:ここまでいくと、大笑いしている感じになってしまうんですよね。Weltはニュースメディアなので、真面目な方向性を出しながら、ちょっと微笑むぐらいの笑顔ですね。

小林:ドイツ鉄道のコーポレートフォントも結構革新的だったと思うのですが、決断の時にもう少し革新的な方向に行きたいというクライアントの意思があったのでしょうか?

出雲氏:当初は、昔のいい文字を改刻するという方向性で、若干地味な感じから始まりましたが、未来に向けてもう少し特徴的で、誰も見間違えないフォントが欲しいということで、徐々に方向性を変えていきました。

小林:なるほど、最初は地味な感じから革新的な方向に行ったわけですね。出雲さん、ありがとうございました。