石に文字を手彫りする伝統工芸の技術
レターカッティング

トピック

イギリスでレターカッティングの仕事をしているゴードン恵美氏。レターカッティングとは、石に文字を手彫りする伝統工芸の技術です。ゴードン氏は、エリック・ギルのレターカッティングの伝統を受け継ぐCardozo Kindersley Workshopに弟子入りし、2002年から4年半の勤務を経て独立。現在もイギリスでレターカッティングの仕事を続けています。

ゴードン氏が手がけたレターカッティングの仕事3件を紹介します。

ひとつ目の仕事例は、個人宅の玄関に取り付けられたハウスナンバー(住所を示す番号札)。ロジャースさん一家からこの仕事を依頼された際、心がけたのは以下の3点。視認性(認識しやすさ)、石が設置される場所との調和、依頼主との関連性です。

ゴードン氏は、ハウスナンバーが設置される現場に足を運び、依頼主の家族構成や出身地、好みなどを聞きながら、どんな石にどんな文字を彫るのかを考えていきました。

依頼主のロジャースさんは湖水地方に住んでいたことがあるので、そこから採れる緑色の石グリーンスレートを選択。石のサイズは15×15cm、厚さ2cm。建物が建てられたビクトリア時代の書体から、ロジャースさんが好むクラシックな印象の数字を選びたいと考えました。実用的で識別されやすいClarendonが候補に挙がりましたが、現在取り付けられている番号札と似ていることと実用的すぎることから別の書体を検討することに。

 

そこで、エドワード・ジョンストンが幅広のペンで書いた数字を参考にしながら、「36」の数字を書いてみました。上下に飛び出すオールドスタイル数字ではなく、正方形に収まるようライニング数字を選択。直線を定規で引かず、手書きでわずかにカーブをつけました(3の上と斜めの線の部分)。3と6の線幅が揃うよう、ティッカーという道具で確認します。下書きを玄関に置いてみて、文字の大きさを20%小さくし、数字のまわりに囲み線をつけました。これでデザインが完成です。

次に、石板が欠けないよう、やすりをかけて角を落とします。数字をチャコペーパーで石の表面に写し、水彩鉛筆で下書きをして、ロジャースさんに確認してもらいます。石の裏面に金具を取り付けるための長方形の凹みを彫ってから、表面を彫り始めます。通常は石板を立てて彫りますが、今回のように囲み線があるときは平らに置いて彫ります。

最初に、数字のまわりの囲み罫線をVカットで彫っていきます。Vカットとは、Vの字に深く凹む彫り方で、古代ローマ時代に確立され、トラヤヌス帝の碑文にも使われているそうです。それから、数字の中央にVカットの中心線を入れていきます。これはチョップと呼ばれる彫り方で、線幅が広いほどVカットの傾斜が深くなります。Vカットの左側と右側の角度を揃えるようにして彫り、Vの一番深いところが彫れたら、側面をきれいに整えていきます。

彫り終わったら、石の粉を払い、色づけします。彫られた箇所とそのまわりを白く塗り、石板の表面にヤスリをかけると、「36」の文字が浮かび上がりました。これで完成です。

2つ目の事例は、アンジェラさん宅のハウスサイン。「SPRING COTTAGE」とアンシャル体で書かれ、真ん中の十字架にギルディングと呼ばれる手法で金箔が貼られています。イギリスでは、日本のように名字を入れた表札ではなく、家の名前を書いた表札を飾ります。

3つ目の事例は、ケンブリッジにある「The Kaetsu Educational & Cultural Centre」の日本庭園「長州五傑庭苑 CHOSHU FIVE GARDEN」。漢字の部分は下田恵子氏の楷書、アルファベットはゴードン氏のローマンキャピタルで書かれています。

「(石に文字を彫る時に)フォントやタイプフェイスは使わないのか?」と聞かれることがありますが、フォントをそのまま使うのは無理があります。レターカッティングでは、文字をかなり大きく使いますし、石の性質上、フォントの細いラインが出せなかったり、設置する場所によって文字の太さを調整したりしなければならないからです。

フォントは誰かがつくったものであって、自分がつくったものではありません。文字を彫る時にはその文字のイメージがしっかりと頭の中に入っていないと、きれいには彫れないのです。

質疑応答では次のような質問が寄せられました。

⽂字を書くときにどんな⼯夫をしていますか?

自分にとって心地よい文字を探すようにしています。ベルリンのアーカイブセンターでアドリアン・フルティガーのUniversの原画を見た時、背筋が凍りました。頭の中ではUniversは機械的な文字だと思っていましたが、直線にちょっとだけカーブがかかっていて、この線は神様しか出せないと思ったんです。自分で本物を見て、自分がどういうところに反応しているかを大事にしながら文字を書くようにしています。原画に近いものを見て、目をこやしながら自分の仕事に反映させていくのです。

どこを見てデザインの特徴をつかんでいますか?

セリフ、xハイトに対しての線の太さです。エドワード・ジョンストンが自分なりに調べて分析した結果を記した書籍『Lessons in Formal Writing』を参考にしています。

合字を効果的に活かせるコツをうかがいたいです。一方で、合字を使わない方がよいシーンもあればおうかがいしたいです。     
また、欧文合字は日本人から見るとあまり見慣れないため、可読性が落ちることもあると思うのですが、英語圏の方はみな問題なく読めるものなのでしょうか?

まず、合字についてです。私個人の意見としては、基本的には合字は利用せずに、できれば他の方法で問題を解決した方がよいと思っています。なぜなら、合字が必要とされる理由をまず考えていただきたいと思います。合字を用いる目的は主にスペーシングの調整と複数の行長を揃える(全体の統一感)ためなのですが、合字がどんな場面で使われるのかを考慮するのも大変重要なのではないかと思います。
例えば、本などに印刷されている文章の書体に合字が多く入りすぎている場合には、読みやすく文章を組んであるとは言えないでしょう。上手に文章組をする人であれば、合字を入れる以前に様々な調整をして文章が置かれる紙面の上にきれいに入り、なおかつ読みやすいように文章を組むと思います。

次に、石に彫る文章に合字を使う場合を考えてみましょう。石は紙とは比べられないほど高価なので、長い文章があるからと言って簡単には字を彫る石の大きさを変えることはできません。そういった高価な石の面に長文を彫る場合は、文字自体を小さくしたり、文章のまわりの余白(マージン)を少なくしたり、文字間のスペースも極力狭める必要も出てきます。このような調整をしてもまだ問題が残る場合、合字を使うことは問題を解決する一手段と言えます。合字はあくまでも全体のデザイン、レイアウトを整えるために使われた場合に効果的と言えるのではないでしょうか。